修徳 高橋尚成投手斯く戦えり!

T






高橋尚成投手は甲子園出場の高校だけでなく、駒澤大学、社会人の東芝プロ野球読売ジャイアンツ、そしてアメリカのMLBと、全ての野球のステージで活躍した希少な選手です。

そんな高橋尚成投手が修徳高校2年の、1992年夏の東東京大会。修徳は準々決勝で関東一に6対2で勝っていた試合を、8回裏に5点とられ6対7とひっくり返され敗退しています。

ところがその関東一は準決勝の二松学舎戦で、今度は5対2で勝っていた試合を9回裏に4点取られ逆転サヨナラ負け。当時も今も東東京大会は、甲子園でもお馴染みの高校の凌ぎ合いが誠に凄いです。

結局、東東京大会はこの年の選抜決勝で、神奈川の東海大相模をやぶり初優勝した三澤興一投手擁する帝京が、その二松学舎を10対2の圧勝でやぶり、四季連続甲子園出場を決めています。

ちなみにこの年の夏の全国大会が、かの!有名な松井秀喜氏が明徳義塾に全打席敬遠され、星稜が二回戦で2対3で負けた大会で、桐蔭学園の2年生、高橋由伸氏が2年連続で夏の甲子園に出場していました。

T

 

で、新チームになり高橋尚成投手も3年になる来春の最後の選抜を目指す秋季大会で、また修徳は関東一に準々決勝で10対3の大差でやぶれ選抜絶望(選抜は、その関東一に勝った国士舘世田谷学園が出場)。

そして、高橋尚成投手最後の夏の甲子園を目指した1993年東東京大会準決勝の相手は、3年連続夏の大会出場を目指す帝京でしたが修徳は8対4で打ち勝ち、決勝の相手は三度!関東一。

高橋尚成投手は、いきなり初回1回裏にツーアウト満塁からセンター前ヒットを打たれ2点を奪われますが、二回表に修徳がソロホームランで1点を返し、打撃のチーム同士らしい試合展開になりました。

3回表にも高橋尚成投手はソロホームランを打たれ、関東一に3対1とリードされますが、修徳が6回表に大量6点を取り7対3と逆転に成功。

このまま試合は修徳の勝ちかと思われましたが、関東一が8回に1点返し修徳7対4で迎えた9回表の関東一の攻撃。1アウト後、エラーでランナーを出すと二塁打とヒットで2点を返しなんと7対6の1点差!

2アウトランナー2塁で一打出れば同点の場面を、高橋尚成投手が踏ん張って最後のバッターをツースリーから見逃しの三振に抑えゲームセット。修徳は27年ぶり3度目の夏の甲子園を決めています。

S
K

ちなみに1年夏、2年夏の甲子園に出場してる高橋由伸氏の桐蔭学園は神奈川県大会の準々決勝で日大藤沢に1対2でやぶれ、3年連続夏の甲子園出場を逃しています(優勝は27年ぶり2度目の横浜商大)。

東東京大会準決勝、決勝で帝京、関東一に打たれた高橋尚成投手でしたが、全国大会一回戦の岡山南戦は、7安打12奪三振で見事に2対0の完封シャットアウト!

ここまで修徳は春2回、夏2回、甲子園大会に出場してますが初戦突破は初でした。

又、負けたとはいえ失点は内野エラーと犠打の2点の岡山南の山根雅仁氏は、同年のドラフト1位で広島カープに指名され入団している超高校級選手だったのは、高橋尚成投手の株をかなり上げたと思います。

そして二回戦の甲府工も、高橋尚成投手は2安打8奪三振で2対0の連続完封シャットアウト勝ち。

東東京大会準決勝、決勝では四苦八苦したのに、甲子園では二試合連続完封と、その後、読売ジャイアンツ、M LBで活躍しただけあり、高橋尚成投手は大舞台に強い。

修徳3回戦、東海大四戦は延長12回の名勝負!

T


3回戦の東海大四戦も好調な高橋尚成投手は4回までノーヒットピッチングで、これで22イニング連続無失点でしたが5回につかまりました。

先頭のバッターをツースリーから四球で歩かせると、送りバンド後の1アウト2塁でレフトオーバーのこの試合初ヒットを打たれ甲子園初失点。この試合の先制点は東海大四

6回裏に修徳はノーアウトから連続ヒットでチャンスを作ると、その後は連続スクイズで2対1と逆転。試合はそのまま8回を終わり、東海大四の残す攻撃は9回表の1イニングのみ。

9回表、東海大四は先頭バッターがセンター前ヒットで出ましたが、1アウト後に逆をついた高橋尚成氏の抜群の牽制でファーストランナーは飛び出してしまい、これで2アウトと思いきや、、、

記録は盗塁ですが、ファーストの送球をセカンドカバーに入ったショートが落球し、1アウト二塁の一打同点の大ピンチを迎えてしまいましたが、高橋尚成投手がここは踏ん張って次のバッターを三振。

T

そして試合終了と思った次のバッターのフライを、レフトが目測を誤り落球してしまい(記録はヒット)、9回ツーアウトから東海大四は同点に追いつきました。

このチャンスにバッターランナーが2塁まで進んだのが大きく、好走塁の結果、次のバッターがレフト前にヒットを放ち、セカンドランナーがホームを踏んで土壇場のツーアウトから東海大四は逆転。

更に!高橋尚成投手には、やや不運が続き、見事な絶妙な牽制でヒットのランナーをさしたと誰もが思いましたが一塁塁審はセーフ。しかも球審が今の牽制球をボークと判定し、ランナーは2塁に進塁します。

記録はヒットにはなりましたが、9回にきて実質2つのエラーと自らのボーク。高校生の高橋尚成投手の心情やいかにという苦しい場面。

逆に東海大四はイケイケムードですから、なんとここで二塁ランナーが三塁に盗塁し、キャッチャーの送球が外れてこれもセーフ。ここでもう1点追加されたら修徳は更に苦しかったでしょう。

しかし高橋尚成投手、ここはバッターを三球三振に仕留めチェンジ。この後の読売ジャイアンツ、そしてMLBでの活躍は、このメンタルの強さあってと思われます。

逆転され逆に追い詰められた修徳の9回裏の攻撃も、先頭バッターが三振に倒れ1アウト。ここで高橋尚成投手に代打が起用されますが、代打の背番号3がツースリーから気迫の三塁打を放ち同点のチャンス!
 
修徳の応援スタンドは、も〜う涙、涙。歓喜の渦に巻き込まれました。


S

監督のこの代打起用は見事に成功でしたし、ここで相手も警戒してる中スクイズを見事に決め同点に追いついたのも、監督も選手も共に凄い。

スクイズは外されたら、バッターはカウントを悪くしサードランナーもアウトですから、一瞬にしてチャンスは消えますから。

そして試合は延長戦に突入し、絶対のエース!高橋尚成投手に代打を出したので、代わって二番手で登板したのはセカンドの背番号4、梅原幸樹氏。

甲子園で初めてのマウンドで、しかも投球練習もしていなかったのに、これが見事なピッチングでした。

なんと10〜11回をノーヒットのパーフェクトリリーフで、12回もツーアウトから四球を出しますが、盗塁で走ったランナーをキャチャーが好送球でアウト。結局、3イニングを9人のバッターで仕留めています。

そして延長12回裏の修徳の攻撃は、1アウトからヒットのランナーを出すと、この試合で修徳が多様したスリーバントの送りバントをピッチャーがエラーし、修徳1アウト1塁、2塁のさよならの大チャンス。

ここで好リリーフの梅原幸樹氏が初球を叩いて、レフトオーバーのヒット。サードランナーが拳を振り上げホームインし、延長12回4対3のさよならゲームで、修徳!見事にベスト8に進出しました。

S

準々決勝の育英戦は、中二日明けての登板になった高橋尚成投手でしたが、優勝した育英に2回から7回まで毎回得点を許し、1対8とやぶれましたが全国ベスト8はご立派。

この試合、高橋尚成投手は被安打9でしたが四死球が7と今大会最多で(一回戦は無四死球)、盗塁も6つ決められ、しかも犠打も7つ。完全に育英に掻き回されて負けたという感じでした。

で、優勝した育英は修徳戦の前に神奈川の横浜商大をやぶり、準決勝では千葉の市船橋、決勝も埼玉の春日部共栄をやぶっての優勝と、東京・関東人には誠に憎き相手校でした(笑)。

修徳は後に2004年の夏の大会で、再びベスト8進出しましたが、この時は2回戦からの登場だったので2勝で準々決勝進出なので、甲子園大会で3勝してるのは、この1992年の一度だけです(2023年現在)。