
1986年発表のアルバム「オーガスト」収録「ティアリング・アス・アパート」は、エリック・クラプトンとグレッグ・フィリンゲインズの共作で、ティナ・ターナーがゲスト参加で歌っています。
で、このキーボード&シンセサイザー奏者でもある、アメリカ人のグレッグ・フィリンゲインズは、前作の1985年発表アルバム「ビハインド・ザ・サン」から、エリック・クラプトンのレコーディングに参加。
彼は1970年代初頭、まずスティービー・ワンダーの楽曲をインストで演奏していた所、ご本人に気に入られ彼のバックバンドに起用され、1976年の有名アルバム「キー・オブ・ライフ」にも参加しています。
以降、精力的にスタジオミュージシャンとして活動し、1979年にはマイケル・ジャクソン発表のアルバム「オフ・ザ・ウォール」のレコーディングに参加。
その後、マイケル・ジャクソンの更にバカ売れしたアルバム「スリラー」「バッド」にも参加していた、売れっ子も売れっ子の超一流ミュージシャンでした。
グレッグ・フィリンゲインズ SMJ 2016-07-27
そんなグレッグ・フィリンゲインズは、「オーガスト」収録の日本のイエロー・マジック・オーケストラの「ビハインド・ザ・マスク」を、既に1984年の自身2枚目のソロアルバム「パルス」に収録。
「ビハインド・ザ・マスク」は、マイケル・ジャクソンの「スリラー」収録予定でしたが、作者の坂本龍一氏と諸々の折り合いがつかず収録に至らなかった曲で、それを彼がソロで発表したわけです。
で、当時は賛否両論あった、この2枚のアルバムでのエリック・クラプトンのテクノ、ダンスミュージック寄りサウンドは、当時はプロデュースのフィル・コリンズの影響とよく言われてました。
が、フィル・コリンズの影響もあったでしょうが、やはり!エリック・クラプトンより11才年下の、このグレッグ・フィリンゲインズの方が影響力があったんじゃないかな〜?と私は思ってます。
グレッグ・フィリンゲインズとの共作「ティアリング・アス・アパート」しかり、グレッグ・フィリンゲインズの影響で録音し、ライブでも歌い演奏していた「ビハインド・ザ・マスク」しかり。
アル中克服なれど、浮気はし放題だったエリック・クラプトン!

というわけで、エリック・クラプトンが激変したのは「ビハインド・ザ・サン」からで、基本はブルースロック、R&Bなのですが、レコーディングメンバーもツアーメンバーも、ここから大幅に変えてます。
で「ビハインド・ザ・サン」は、ザ・ビートルズのプロデューサーで有名なジョージ・マーティンによって設立された、カリブ海のイギリス領モントセラト島『AIRスタジオ・モントセラト』で録音。
同じイギリス人の、エリック・クラプトンとフィル・コリンズがプロデュースで、フィル・コリンズはドラム、パーカッション、各種キーボード、コーラスでもレコーディングに参加しています。
そして追加で(おそらくレコード会社の要請)、アメリカはロサンゼルスはハリウッドのスタジオで3曲録音されており、こちらはテッド・テンプルマン、レニー・ワロンカーがプロデュース。
そんなアメリカ録音の1曲が「フォー・エヴァー・マン」で、この曲はアメリカ人のジェリー・リン・ウィリアムズの書いた曲で、レコード会社がヒットを期待した曲(全米ビルボード最高位26位)。
まぁ〜エリック・クラプトンはハンサムですから、どんな撮り方してもカッコいいわけですが、特に「フォー・エヴァー・マン」のPVのコート姿でギターを弾き歌う彼の姿は、抜群にカッコ良かった🎵
ただし、それまでとサウンドを変えたアルバム「ビハインド・ザ・サン」は、そこは天下の!エリック・クラプトンのアルバムですから、それなりに売れましたが、やはり批判も多かったのは事実。
でも、続く「オーガスト」もプロデュースのエリック・クラプトンとフィル・コリンズは路線を変えずに「ビハインド・ザ・サン」からの新しいサウンドを踏襲。いや、よりテクノ、ダンサブルになったかな?
ただ、こちらのアルバムは全てアメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス録音で、アメリカ側のプロデュースは、クリーム時代からの盟友!頼りになるトム・ダウトに戻っています。
当時、エリック・クラプトンは「ビハインド・ザ・サン」アメリカ録音時の、一流セッションマンたちによる流れ作業的なレコーディングが好きではなかったと、インタビューで述べてましたからね〜。
やはり、アメリカでレコーディングするなら、エリック・クラプトンはトム・ダウトだったのでしょう。

とはいえ、エリック・クラプトンは「ビハインド・ザ・サン」で一緒に仕事をしたアメリカ人のグレッグ・フィリンゲインズと、ベーシストのネイザン・イーストが気にいったのでしょうね〜。
この後、グレッグ・フィリンゲインズとネイザン・イーストは、長くエリック・クラプトンとレコーディング、ライヴの仕事をしてます(人としても気に入られたのでしょう)。
更に!「オーガスト」に参加してるサックス奏者はマイケル・ブレッカー、トランペットはランディ・ブレッカー。あの!ブレッカー・ブラザーズのお二人が呼ばれてますから、随分とお金がかかってます。

まぁ〜、エリック・クラプトンも絶対に!言わないと思いますが(笑)、二十歳頃からカリスマギタリスト、ロックスターの座を確たるものとしていた彼も、過去の人扱いされるのは絶対!嫌だったでしょう。
特にこの頃から、エリック・クラプトンは吹っ切れたというか何というか、1970年代はレイドバックなんて『老け作り』してましたが(笑)、実際のところ後半は、はっきり!アル中。
なので、1982年にミネソタ州のアル中更生施設に入った事で、次第にアルコールが体から抜けてきたのが(後に断酒)、ステージの表情の明るさや華麗なスーツ姿、そして音楽に影響がでてると思われます。
ギターも奏法自体は何も変わってないですが、アル中の頃より力強いキレのある音に戻った気がしましたね。
で!アル中は克服しても、相変わらずのモテモテで浮気し放題のエリック・クラプトンは、パティ・ボイドと後に離婚しますが、アルバムタイトル「オーガスト」は浮気相手との子の誕生月からつけてます。
まだ、子供を授かれなかったパティ・ボイドと離婚してないのに、全く無神経というか大馬鹿野郎というか何というか(エリック・クラプトンの私は大ファンです。悪しからず。笑)。
更に!エリック・クラプトンは、アルバム「ビハインド・ザ・サン」録音中、カリブ海のレコーディングスタジオのマネージャーであったイヴォンヌ・ケリーと浮気し、隠し子を作ってます(後に公表)。
でも、この「オーガスト」は、その子の事ではなく、別の浮気相手のイタリア人モデル、ロリー・デル・サントとの子。1991年にマンハッタンの53階のビルから転落死した、あのコナー君でした。
「ティアリング・アス・アパート」と「イージー・ラヴァー」


で、「ティアリング・アス・アパート」。
ちょいとロックギター、ファンクギターをかじった人ならわかると思いますが、エリック・クラプトンは決して!ファンキーなリズムギター、16ビートのカッティングは得意ではない。
そんなエリック・クラプトンにファンキーなダンサブルな曲を作らせよう、やらせようとすると、こんな感じのロックっぽい曲になるって感じかな〜?(笑)。
多分エリック・クラプトンは、日本のチャー=竹中尚人氏や山下達郎氏のように、あの!ファンキーなカッティングをギターで刻みながら歌うことはできないでしょう。
でも、ベースは「ビハインド・ザ・サン」から10才年上のエリック・クラプトンと関わる事になる、R&B、ジャズ、フュージョン系のアメリカ黒人のネイザン・イースト。
彼はフィル・コリンズとアース・ウインド&ファイアーのフィリップ・ベイリー歌う、1984年の大ヒット曲「イージー・ラヴァー」の曲作りにも、お二人と共に関わっていた、なかなかの時代の寵児でした。

そしてドラムがエリック・クラプトンと同じイギリス人のフィル・コリンズで、彼は「イージー・ラヴァー」で歌だけでなくドラムも叩いており、ベースも勿論、ネイザン・イーストです。
なので「イージー・ラヴァー」と「ティアリング・アス・アパート」はリズム隊は同じで、キーボードのグレッグ・フィリンゲインズは、マイケル・ジャクソンの一連のヒットアルバムで演奏していた豪華版。
しかもエリック・クラプトンとティナ・ターナーの共演というのは、フィル・コリンズとフィリップ・ベイリーの共演より話題性はありましたから。
当然、当事者たちは「イージー・ラヴァー」やマイケル・ジャクソンばりの大ヒットを想定し、曲を作りアレンジして演奏し歌っていた事でしょう。
ちなみにイギリス人のエリック・クラプトンとアメリカ人のティナ・ターナーは、日本公開1976年のイギリス製ロックミュージカル「トミー」で共演しているので、ここで知り合ったと思われます。
ティナ・ターナーは1985年に、「マッドマックス/サンダードーム」にも女優として出演していたこともあり、当時のエリック・クラプトンとの共演は、それはそれは話題でした。
が、しかし「ティアリング・アス・アパート」はディスコヒットもせず、全米ビルボード含むチャート上でのシングルヒット曲にもならなかったですね。正直、踊りづらいし(笑)。
でも、エリック・クラプトンはグレッグ・フィリンゲインズと共に作った「ティアリング・アス・アパート」は、かなりお気に入り曲だったよう。
ティナ・ターナーと歌った「プリンス・トラスト」や、自身のバンドのバックコーラスのケイティ・キッスーンとの、15万人集まったロンドン・ハイドパークでのライブ映像等が残ってますからね〜。

