日活「涙くんさよなら」の脚本は倉本聰氏だけあり、なかなか深い映画

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出演メンバーが被っている同年3月公開の「青春ア・ゴーゴー」はモノクロなのに、7月公開の1966年の日活映画「涙くんさよなら」は総天然色。

当時の邦画は二本立てが基本だったので、併映は吉永小百合さんと浜田光夫氏の「私、違っているかしら」。当時の吉永小百合さんは日活の看板女優ですから、同年だけで6本の主演映画があります。

というわけで、そんな映画「涙くんさよなら」の脚本は、なんと若き倉本聰氏と明田貢氏。なんたって若かろうが老いようが『倉本聰倉本聰』ですから、なかなかの社会派作品です。 

「涙くんさよなら」の冒頭シーンは、アメリカのワシントン郊外と設定されてますが、海外ロケじゃなく、日本の米軍基地宿舎か?翌1967年、代々木公園になる元米軍住宅=東京五輪選手村じゃないかしら?

そこは、証言も証拠もない私の思い込みなので、まぁ〜いいと。建物も街並みもとても美しい光景で、主演のジュディ・オングさんが白人の女の子達と芝生の上で「聖者の行進」を英語で歌ってます。

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「青春ア・ゴーゴー」のハイライトシーン!「セイママ」もそうでしたが、 当時16歳のジュディ・オングさん、とても歌が上手い!R&Bシンガーのような歌唱をしてます。

で、いきなり物語は冒頭から社会派で、ジュディ・オングさん演じるジュリーは米兵と日本人女性の間に生まれた娘で、パパについてアメリカで生活してますが、そのパパが死んだと米兵から知らせを受ける。

まぁ〜1966年と言えば、サンフランシスコ講和条約が締結され、曲がりなりにも米国の占領統治が終わり日本が再独立してからまだ15年。

米国の占領統治下に、米兵の子を産んだ日本人女性は多々おり、パパがアメリカに帰った母子家庭や私生児、ママと共にアメリカに行った子等様々で、ジュリーはそんなハーフの女の子の設定です。

と、ハーフという言葉が今は当たり前ですが、当時は「合子」(あいのこ)「混血児」 が普通。

ちなみにジュディ・オングさん本人は幼少の頃、パパが日本を占領統治していたアメリGHQで仕事をする為に、家族で日本にやってきた台湾人ですが(後に帰化)、ほぼ日本育ちです。

が、家庭の教育方針で母国語を忘れないように家庭では台湾語を使い、東京中華学校、ASU(アメリカン・スクール)、上智大学と通った結果、彼女は6カ国語が話せるそう。

ジュディ・オングさんが帰化するのは1972年、当時は台湾籍でした。


ジュリーはパパが死亡したショックで唖(おし)になる体なので、この今では放送禁止用語の唖(おし)という言葉も、映画では頻繁に出てきますし、「アメ公」という言葉も普通に出てきます。

まぁ〜当時の映画は「キチガイ」も当たり前に使ってましたから、この辺は時代という事で。

ちなみに、このジュリーという名前、ジュリー=沢田研二氏がザ・タイガースでレコードデビューするのは翌1967年の2月ですから、ジュリー=沢田研二氏とは何の関係もありません。念の為。 

で、孤児になってしまったジュリーをどうしたものか?とアメリカ人達が考え、ジュリーに日本で日本人のママを探させようと画策。日本の慈善団体に金を出させるキャンペーンを思いつくんです。

戦争の落とし子 ジュリーは父を失ったショックで唖(おし)になった! ジュリーを日本へ!

と、日本の新聞社に書きたてさせ資金を集め、ジュリーは来日する事になり、飛行機の隣の席に乗り合わせたのが、「キューティ・パイ」等のヒット曲あるアメリカのシンガー、ジョニー・ティロットソン。

で、タイトルバックは彼が日本語で歌う「涙くんさよなら」。 かなり国際色強いオープニングです。



 

で、この「涙くんさよなら」は、1963年に日本人唯一の全米ビルボードチャート1位を「上を向いて歩こう」で獲得した坂本九氏が、1965年にシングル発売しますが、その時はあまりヒットしなかったとか。

映画「涙くんさよなら」で、ジョニー・ティロットソンが日本語カバーしてヒットさせた事により(英語版もある)、坂本九氏や初代ジャニーズ和田弘とマヒナスターズヴァージョンが売れたそうです。

ジョニー・ティロットソンを本物のジュニー・ティロットソンが演じいているので、飛行機で白人女性からサインを頼まれるシーンがあったり、日本の空港で大歓迎も受けるシーンもあります。

このシーンは多分、「涙くんさよなら」上映直前のザ・ビートルズ来日の空前の大騒動の影響でしょう。

で、このジョニー・ティロットソンファンと共に、可哀想なジュリーちゃんを救え!ってな慈善団体が、空港でジュリーを揉みくちゃにするわけで、この辺は昨今もよくある圧力団体とよく似てます。

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まぁ〜、そんなこんなの大人の思惑の中ジュリーは逃亡するわけで、ここで突然!画面が切り替わり登場するのが、「青春ア・ゴーゴー」にも登場したエレキバンド『ヤングアンドフレッシュ』。

まだ、アマチュアバンドが簡単に借りられる練習スタジオなんてない時代なので、東京湾に流れる川沿(隅田川かな?)の船の上で演奏していますが、これがなかなか風情があってかっこいい!

「青春ア・ゴーゴー」では、タンバリン&シンガー役だった浜田光夫氏は、併映の「私、違っているかしら」で吉永小百合さんと主演をやってるからか、「涙くんさよなら」に出演していません。

まぁ〜、浜田光夫氏を抜かした『山内賢和田浩治杉山元・木下雅弘』の、このメンバーが元々の日活の若手俳優で集まって作ったバンド、『日活ヤングアンドフレッシュ』の正式メンバー。

そして「青春ア・ゴーゴー」では、山内賢氏の堅物の妹役を演じてた太田雅子名義時代の、後の梶芽衣子さんが、今回はメンバーに加わり踊ってますが(歌唱なし)、10代の太田雅子さん、絶世の美少女です!

何故?太田雅子名義の時、梶芽衣子名義になってから売れたぐらい売れなかったのか?今だに私には謎です。美人だけど10代のわりに、ちょっとクールな怖い顔なのが、時代に合わなかったのかしらね〜?


で、逃亡したジュリーは、一人でママが芸者をやっていたとされる台東区柳橋の料亭に探しにやってくるわけですが、山内賢氏演じたエレキ狂いの若者は、この料亭の跡取り息子のよう。

でも、『ヤングアンドフレッシュ』の他のメンバー達も、この料亭の彼の部屋に遊びに来てるというより、一緒に住んでるみたいな設定で(笑)、この辺の経緯説明は全くないですが、まぁ〜いいと。

さて「青春ア・ゴーゴー」では、東宝の「エレキの若大将」と違い車は登場しませんでしたが、「涙くんさよなら」では、女将に軍資金をもらいオープンカーで京都までジュリーのママを探しに行く豪華版。

この辺の母を尋ねては、ジェームス・ディーンの「エデンの東」の影響かしらね?後に1969年の松竹「男はつらいよ」の第二作「続・男はつらいよ」でも、寅さんが瞼の母を訪ねてますが、その元ネタかな?

また、ジョニー・ティロットソンの来日記念のテレビ番組設定のインタビュアーが、30歳の湯川れい子さんで、英語堪能で容姿も雰囲気もファッションも流石に垢抜けてます。

そしてジョニー・ティロットソンはそこで、英語版の「涙くんさよなら」を歌ってますが、今更ながら良い曲ですね。流石は浜口庫之助氏の作品と感心。

グループサウンズブーム期、日活はザ・スパイダースを推していた!



で、道中途中のホテルで、出ました!ザ・スパイダース

「青春ア・ゴーゴー」では井上順氏がおりませんでしたが(一説では体調不良だったとか)、ここでは全員参加でホテルの野外設定で「フリフリ」を演奏してます。

まぁ〜セットなのでしょうか?真っ赤な夕日をバックに「フリフリ」や、こちらも浜口庫之助氏の作品、ザ・スパイダース初の大ヒットになった「夕陽が泣いている」のシーン、とても美しいし良いですね〜!

ちなみにシングル「夕陽が泣いている」は同年9月発売ですから、映画は最高のプロモーションになったと思います。B面の「チビのジュリー」は、このジュディ・オングさん演じたジュリーの歌ですね。

で、この後、空前のグループサウンズブームの1967~1968年に、日活は映画「夕陽が泣いている」の後、ザ・スパイダース主演映画を4本公開しており、随分とザ・スパイダースを推していたのがわかります。

で、話を「涙くんさよなら」に戻して、道中のまた別のホテルの洒落たレストランで、他の客もいるのに、突然やって来た見ず知らずの若者達に、ホテルマンが演奏を簡単にOKする不思議なシーン(笑)。

そこで『ヤングアンドフレッシュ』も「涙くんさよなら」を歌唱しており、ここでの共に10代のジュディ・オングさんと太田雅子さん、とても可愛くて美しい綺麗なシーンです。

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ちなみに総天然色になったせいか?モノクロの「青春ア・ゴーゴー」と違い、『ヤングアンドフレッシュ』のメンバーのスーツ姿がリッチでおしゃれで、ホテルでのシーンとかも若大将シリーズみたい。

当時は普通に白のワイシャツにグレーの背広が勤め人の制服だった時代に、青いワイシャツにブルーのダブル、白、ストライプ、グリーンのスーツと、時代を考えると相当!ド派手なスーツ姿だと思われます。

さて!物語はお気楽青春エレキ映画のようでいて、実は社会派ですので、終焉に近づくと京都のジュリーのママの微妙な立場、心理状況が描かれます。

ママは、今は名のある財閥の家庭に嫁入りしていて、芸者をやっていたことは知られていてもアメリカ人との子を産んだことは知られていない。ジュリーのママと名乗り出ると、旦那の顔に泥を塗ってしまう。

こういう話、好きです(笑)。この辺は松本清張氏の「ゼロの焦点」を参考にしたのかしら?

また、1977年の森村誠一氏原作、角川映画第二弾「人間の証明」の日米ハーフのジョニー・ヘイワード(ジョー山中氏)は、「涙くんさよなら」のジュリーを参考にして書かれたんじゃないかしら?

なんて、色々と憶測してしまうほど、「涙くんさよなら」は深いです。



というわけで、やっとの思いでママが居ると思った京都の料亭に、ジュリーと『ヤングアンドフラッシュ』が尋ねると、綺麗どころ仲間の入れ知恵で、女将はその人はもう死んだと苦肉の嘘をついてしまう。

で、この女将を演じたのが、後の松竹映画「男はつらいよ」で、おばちゃんを演じた三崎千恵子さん。

まぁ〜後はネタバレになるので、ここまでとしますが、サスペンスものだったらジュリーは殺害されるパターンですが、「涙くんさよなら」は青春エレキ映画ですから、そんな殺伐な物語にはなりません。

が、このラストの展開は、私的にはとても好き。良い映画だと思います。

そして最後のライブショーでのジョニー・ティロットソンの、こちらも浜口庫之助氏の作品、同年マイク真木氏で大ヒットした「バラが咲いた」の日本語歌唱と、客席のジュリー。とても良いシーン!

というわけで、私的に『ヤングアンドフレッシュ』もの、ザ・スパイダース出演映画の中では、この「涙くんさよなら」が一番好き。いや、当時の日活映画で一番好きかな。

流石は若くても倉本聰氏の脚本だけあると、今更ながら痛感する「涙くんさよなら」でした。