待望のストーンズ初来日は、結果的にビル・ワイマン参加唯一の来日ライブだった

 




 
その崩壊後にバブルと命名された、結果バブル最盛期の1990年に、ザ・ローリング・ストーンズが初来日しました。

まぁ〜1973年のザ・ローリング・ストーンズ幻の初来日は、来日記念スペシャルカップリングレコードも発売され、前売りも好調で話題沸騰中!外務省が過去のメンバーの大麻使用を理由に入国禁止。

来日公演20日前の突然の来日中止から27年。本当にファン待望の初来日でした。

思えば古のファンには「ストーンズ最強時代」と誉高い、ミック・テイラー在籍時(1974年に脱退)の来日公演中止でしたから、非常にもったいなかったですね。

で、初来日前のザ・ローリング・ストーンズは1986年のアルバム「ダーティ・ワーク」の後、色々バンド内であって活動停止。

 

その間、ミック・ジャガーがソロアルバムを2枚だし1988年に先に初来日しています。

サポートメンバーは、当時話題のスーパーギタリストのジョー・サトリアーニサイモン・フィリップス、ツトム・ヤマシタ等、一流どころを揃え、東京公演2日目にはティナ・ターナーがゲストで登場。

 


私もテレビでこの来日ライブは観ましたが、う〜ん、ソロアルバムの曲はともかく、ザ・ローリング・ストーンズのナンバーがカッコ良すぎるというかなんというか。らしくないんですよね〜。

だから私的にミック・ジャガーの単独来日ライブで、バンドって『そういうもんなんだな〜』と、その結果、ストーンズは元より、ザ・ビートルズやレッド・ツエッペリンを私的に再評価した次第。

あの時、あのメンバーでなければ成し得なかった『偶然』と『化学反応』。バンドってそれが楽しい、それが素敵なんだな〜と思いましたね。

ソロのミック・ジャガーのサポートミュージシャン、みんな達者で素晴らしいのですが、キースの作ったストーンズの曲には合わないというかなんというか。そんな事を感じたミック・ジャガーの来日公演。


まぁ〜当時、ミック・ジャガーだけでなくキース・リチャーズもソロアルバム「Talk Is Cheap」を発表しており、ミック・ジャガーの2枚のソロアルバムと違い、批評家や音楽ファンに高い評価を受けました。

キースのアルバムもミックに負けずの、元JB's のメイシオ・パーカーブーツィ・コリンズ。彼のPファンク仲間のバーニー・ウォーレル。メンフィス・ホーンズといったファンク系の豪華ゲスト。

更には元ストーンズのミック・テイラー、そして1975年「レディー・マーマレード」の大ヒットを放ったラベルのサラ・ダッシュといった凄い顔ぶれ。なのでサウンドはキースらしく黒い系でこれが良かった。

キースはストーンズ停止中の当時、ミックが自分たちが必要な事に気づくと述べていましたが、結局、そうなってストーンズは活動を再開しています。

同じような凄いメンバーでのソロアルバムだったのに、ミックとキースは何が違ったのか?この辺はファンの方々が個々に色々思えば良いでしょう。ストーンズ再開は喜ばしいニュースでしたから。

そして待望の来日前、1989年にザ・ローリング・ストーンズが発表した「スティール・ホイールズ」が、結果、結成時からのメンバー、ビル・ワイマン参加の最後のアルバムになってしまいました。

なので、待望のストーンズ初来日ライブはビル・ワイマン参加の唯一の来日ライブで、今やチャーリー・ワッツも他界されているので、この二人のリズムセクションのライブを観れたのは幸せでした。