
松本清張氏の「黒革の手帖」は、2021年現在までで7回(2回は原作とは異なる)ドラマ化されている、日本人の琴線に触れる物語のようで、主人公の原口元子は悪女ですが、何故か?好かれるキャラクター。
1982年に最初の「黒革の手帖」が連続ドラマとしてテレビ放映され、元銀行員で銀座ママの原口元子を演じたのは元野村証券の山本陽子さん。
山本陽子さんは40歳を迎える年齢でしたが、最新の武井咲さんは24歳になる年齢時に原口元子を演じており、共に小説の原口元子とは年齢が異なります。
24歳になる武井咲さんの原口元子は初めてなので、小説の肝でもある「長年銀行勤務の女性」という設定は使えないので、正社員に差別される派遣社員という設定に脚本で変えたのでしょう。
ちなみに、小説が単行本化された1980年は、まだ男女雇用機会均等法がない時代です。
なので、銀行側は女性社員が25歳までの寿退社を、普通に当たり前に求めていたので、初任給も昇給も賞与も、長年働くであろう男性社員より女性社員の方が低いのは当たり前。
また、真面目に長年働いていても、寿退社の「無言の圧力」が女性にかかっていたのは、銀行員に限らず当時の女性社員は、どこの業種も普通に当たり前にあったのは否めない時代背景でした。
原作「黒革の手帖」は、男女雇用機会均等法のない時代、女性社員が職場の花だった時代背景も肝!

昨今は正社員入社が難しかった時代が続いたので、大卒でもそのまま非正規で三十路を超える方も男女共に多々おりますが、当時は普通に高卒大卒なら正社員入社は当たり前。
ならば、ありがちな「昔は良かった」か?というと、これは上記のようにか〜なり微妙です。
ここは「黒革の手帖」の肝なので繰り返しますが、女性は当時「クリスマス」に例えられ、25歳までの寿退社を企業は望み、26歳をすぎると売れ残り扱いが、ごく普通に大中小零細問わずありましたから。
おそらく2021年現在、60〜70代の女性で定年まで正社員で勤めた方って、労働組合の強い公務員は別にして、民間企業勤めだと、だいたい20代の数年で、正社員勤務って終わってるんじゃないでしょうか?
当時の女性社員は会社にとって「職場の花」、男子社員の結婚相手候補だったので(だから社内結婚が昔はとても多かった)、長く働かないという前提で最初から採用していましたから。

また、当の女性達も、どうせ自分は数年で寿退社、20代のうちに子供作って暫くは専業主婦という心算で入社していたので、当時のこの風潮を差別だモアハラだパワハラだと騒ぐ事も、そんなになかったです。
なので、1985年の男女雇用機会均等法を推進したのは、条件も格段と良いので定年まで勤める気満々!の、官僚含む女性公務員労組と、公務員労組が票田の野党でした。
だから当時の一般企業の女性社員は、その短い婚期を逸し三十路も過ぎると、「お局様」扱いを男からは勿論、若い女性達からもされる無言の圧力があったので、「昔は良かった」とも言えないんですね〜。
また女性だけでなく、当時は三十路も過ぎた男が独身でいると変態変質者扱いの「どっか体がわるいんじゃない?」と陰口を叩かれる空気が世間にありましたから、30代以上で独身の男って肩身が狭かった。
なので、ハラスメントに対しては今の方が厳しいので、昔より今の方が良い時代と言えなくもないです。
原作「黒革の手帖」の原口元子の設定は美人ではない!

というわけで、ベテラン女性銀行員の原口元子というキャラは、こういう時代背景あって生まれたという、当時の時代をしっかり知って、もう一度ドラマを観ると!更に「黒革の手帖」は面白いんです。
また、テレビドラマでは華やかな美人女優が原口元子を演じてますが、小説では、原口元子はそれほどの美貌ではない設定になっています。
このへんは、活字の小説とビジュアルの映画・ドラマの差でしょう。活字の小説通りの、それほどの美貌ではない原口元子では、ビジュアルのテレビでは視聴率がとれないですから。
なのでテレビドラマでは、最初から原口元子役には視聴率のとれる華やかな美人女優=山本陽子さんが選ばれ、その歴史は武井咲さんまで脈々と続いているわけです。

だから、テレビドラマはここで矛盾が生じる。だってこんな美人だったら、も〜う男連中から蝶よ花よ扱いで、所謂「売れ残り」になるわけがない(笑)。
まぁ〜この辺が、ビジュアルのテレビドラマの限界で、しょうがないですね。美人じゃない原口元子をテレビで観たいと思う人は、年齢性別問わず少ないでしょうから、それでは視聴率がとれない。
というわけで原作の原口元子は、寿退社した同僚の家庭が上手くいってない、離婚したなどの噂を聞くと「胸の中が明るくなった」と書かれている「そういう女」で、けっしてかっこいい女性ではないんです。
まぁ〜、話がずれますが男にとっては良い時代だったと思います。
会社が社内恋愛を最初から想定して新卒女子社員を採用し、福利厚生で「ねるとんパーティ」開いて恋愛の後押ししてたんですから、当時の未婚率が低かったのは当たり前。
別に、昔の男が今の男より優れてたから結婚できたわけじゃないんです。世の中がそういう「仕組み「空気」だっただけです。
原作「黒革の手帖」は、バブル突入前の銀行業務模様にも注目!

というわけで、そういう時代背景なので原作は三十路も越えそうな「ベテラン行員」の原口元子に対する、上司や男性社員の対応は冷たい。
その対応に、原口元子は(てめーら!裏で金持ちの税金逃れの架空名義に手を貸して、預金増やして出世してるくせに偉そうにしやがって。ふざけるな!)とブチ切れ、そして犯行に及ぶんです。
でも、最新作の武井咲さんでは若すぎるし時代も変わったので、犯行動機が派遣というだけで正社員と理不尽に差別されるその怒りに、設定を変えてます。
また、原口元子の借金とりに追われる幼少時代の暗い辛い家庭環境も新たに加えられてますが、原作にその手の描写はありません。あくまでも原口元子は寿退社の負け組、銀行のお荷物扱い描写です。

で、原作の頃の銀行は、架空名義の通帳なんて意図も容易く作れましたし、5年後の1985年末あたりから、日本は後にバブルと命名された時代に突入の、銀行は我が世の春の時代。
でも1991年のバブル崩壊後、その銀行の杜撰な経営が明るみに出て社会問題になり、税金が銀行に投入され大衆から顰蹙をかったり、鉄板と思われてた銀行の、よもやの統廃合が盛んになったわけです。
更に「黒革の手帖」の単行本が発売された翌1981年、現実にも女性銀行員による三和銀行(現:三菱UFJ)のオンライン詐欺事件が発覚!
なんと「黒革の手帖」と同じような、実際に婚期を逸した女性社員が、妻帯者の男に騙され1億8千万円もの金を架空名義口座に振り込み貢いだ、後に映画「紙の月」の題材にもなった事件が起きました。
この事件は金額の大きさもあり(当時では破格!)世間は騒然となったのも、「黒革の手帖」のドラマ化に一役買ってるでしょう。
ちなみに、この三和銀行オンライン詐欺事件の犯人の女性の名前は、字は異なりますが原口元子と同じ「もとこ」だったのは奇遇ですね〜。
だから!たかが「黒革の手帖」、されど「黒革の手帖」で、時代背景を振り返るには、とても面白い小説・物語なのです。
原作「黒革の手帖」の原口元子は、そんなに賢くない!

銀座のクラブの開店資金の諸々で5,000万円ほど使ってしまい、更に思ったほどクラブ経営は儲からないことがわかり、横領した残りの金は2.000万円ほど。このままではジリ貧だと原口元子は焦るんです。
ちなみに原作の、原口元子の横領金額は7,500万円ですが、ドラマの製作時期によって額は徐々に増えてます!
原口元子が「黒革の手帖」を使い、恐喝を繰り返す動機はこれで、最初から銀座のクラブで悪事を働こうって気は原口元子はなく、原作では実はそんなに賢い女でもない設定になってます。
繰り返しますが小説の原口元子は、男ばかりが出世する銀行に憤りを覚え男を敵視し、更には寿退社した同僚女性達の幸せも望んでいない、チャラくて男にモテる女が大嫌いな女。
そしてルックスも頭も、そんなに良くない、恐喝は行き当たりばったりの苦し紛れの犯行なんです。
原作「黒革の手帖」の原口元子は、セックスを嫌悪する女性設定!
そんな原口元子ですが処女というわけではなく、原作では銀行員時代、妻子持ちの男性二人と交際した経験があり、共に交際期間は短くセックスに嫌悪感を抱く、おそらくセックスでイッた事がない女性。
そんな自分を(身体に欠陥がある34女)と、原口元子は心の中で呟いています。
ですからテレビドラマだけ見ると、原口元子は身持ちの堅い賢明な女に思えますが、原作ではそうではなく、相当!性的にも屈折してる女なんです。
だから!すぐやらせておねだり上手で、セックスでもちゃんとイッてるであろう、男から見ると可愛い女の山田浪子を原口元子が大嫌いなのは、そういう完全に女の諸々の嫉妬。
更に!こちらも「黒革の手帖」で、男の最重要人物の安島。
この安島だけが原口元子とセックスしますし、原口元子は三十路も超えて、初めて男に恋心を抱いた、おそらくセックスが生まれ初めて心地良いものと感じた相手が、安島なんです。
でも、そこはお茶の間相手のテレビドラマですから、このへんの原口元子の微妙な性癖、安島とのベッドシーンの「官能エロ小説」部分は、サラッと流されてます(笑)。
原作「黒革の手帖」の原口元子は、けっして強い女ではない!