「ブラウン・シュガー」が、発表された1971年の日本の洋楽ヒットチャートでブレイクしてた記憶がないんだよね〜(笑)

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ある時から死ぬほど好きになった、ザ・ローリング・ストーンズの「ブラウン・シュガー」ですが、最初に友達の家でシングル盤を聴いた時、実はあまりピンとこなかった。

で、私的にちょいと謎があって、「ブラウン・シュガー」は1971年にシングル発売され全米1位を獲得しています。

で、私も当時、ラジオの洋楽ヒット番組にはよく耳を傾けていたつもりですが、「ブラウン・シュガー」を聴いた記憶がない(笑)。

1971年の年間オリコン売り上げシングルチャートを眺めても、洋楽は5位のヘドバとダビデの「ナオミの夢」のみがトップ10入り。

20位まで広げても12位のビージーズの「小さな恋のメロディ」(メロディ・フェア)、16位のマッシュマッカーンの「霧の中の二人」の2曲だけで、トップ50まで広げても「ブラウン・シュガー」はない。

「ブラウン・シュガー」ってリアルタイム、日本でシングルヒットしたのかな〜?

勿論、長年音楽ファンやってギターなんぞ弾いてますから、そっちの世界でストーンズや「ブラウン・シュガー」の話は耳タコ。

ですが、思えば楽器をやらない人たち、歌謡曲や和製ふぉーくが好きだった普通の人達と話をしていて、「ブラウン・シュガー」の話をしたことがない。

というか「ブラウン・シュガー」発売の頃、思春期だった筈の2021年現在60代の爺さん婆さんで、「ブラウン・シュガー」を知らない人、普通に多いと思います。

だから後世の若い古のロックファン、R&R研究家は、米英の歴史を日本にあてはめない方が良いです。日本はガラパゴス的に、独自の歌謡芸能&洋楽ヒット文化を歩んでおり、全く米英とは異なりましたから。 

また、ストーンズの映画「ギミー・シェルター」が「ウッドストック」や「SOUL TO SOUL/魂の詩」同様ヒットせず、「ロック映画は日本では当たらない」なんて言われていたのを、私は覚えています。

ザ・ビートルズの映画「レット・イット・ビー」も、それほどヒットしていた記憶はないですし、実際にロック映画で日本でヒットしたのはエルヴィス・プレスリー復活の「エルヴィス・オン・ステージ」だったのは、こちらも当時の映画興行記録を眺めると歴然です。

ちなみに、私の周りで洋楽ロックファンの少年少女、無茶苦茶少なかったです。

洋楽ポップスファンは多かったし、1971年の日本レコード大賞受賞曲「また逢う日まで」の尾崎紀世彦氏は勿論、五木ひろし氏や小柳ルミ子さん、南沙織さんが好きな、歌謡曲好きは普通に多かったけど。

でも、ザ・ビートルズファンですら、指で数えられましたからね〜(笑)。

グループサウンズもよくストーンズのカヴァーをやっていた1960年代後半はともかく、「ブラウン・シュガー」がシングル発売された1971年に、ザ・ローリング・ストーンズを話題にしてた奴の記憶が私はない(笑)。

1971年は、希少価値だった洋楽ロックファンの一人が、グランドファンクの「嵐の後楽園」の話はしてましたが、ザ・ローリング・ストーンズが普通に話題に出たのは1973年の、結果「幻の日本公演」に終わった、初来日中止の頃までなかったような記憶があります。

だから、グループサウンズブーム終焉の1970年から、ザ・ローリング・ストーンズ初来日中止の1973年までの間の2年間、正に!「ブラウン・シュガー」が発売された頃、ストーンズの記憶が私は全くない。

まぁ〜そんなこんなで、その中止になった来日ムードの頃、シングル「ブラウン・シュガー」を友人の家で聴いたわけで、ラジオで聴いた記憶がないので、それが 私の「ブラウン・シュガー」初体験!、、、

でも、もっとこう、ハードロック的なストレートなノリ、或いはシカゴの「長い夜」やチェイスの「黒い炎」のような大迫力でノリノリの曲が好きだったので、なんか、「ブラウン・シュガー」だるくてね(笑)。

みしろB面の「ビッチ」の方が「わかりやすいリフ」だったしノリも良く感じたので、「B面の方が良いね!」なんて友達に言ったのを覚えてます。

う〜ん、だから正直、「ブラウン・シュガー」やザ・ローリング・ストーンズを好きになったのは、私はかなり後でしたね。ギターが少し、下手でも弾けるようになってからです。

当時の私はほぼザ・ビートルズ一色、ザ・ビートルズこそ神だったし、中坊でお金もないからそんなに他のバンドのレコードも買えなかったし。レンタルレコード屋も、まだ発明されてなかったしね〜。

それに、そもそも当時の私はキース・リチャーズの存在すら知らなかった(笑)。

ストーンズと言えば、ミック・ジャガーブライアン・ジョーンズしか顔と名前が一致してなかった(既にブライアンは死亡してたけど)、それほどストーンズ無知でしたね〜。

それにストーンズって下手って言われてたから、Tレックスもそうですが、わざわざ下手と言われるバンド、ギタリストをコピーしようと思わない(笑)。

ですから思えば、その時々の人の言うことや風評なんて、本当に耳を貸さない事です。これ若い人に絶対言いたいです。時間が経つとそのマヌケなヨタ話、いつか風化しますから。

だからグランドファンクの「孤独の叫び」とか、クリームのライブの「クロスロード」や「アイムソーグラッド」が凄い!と言われてたので、そっちに挑戦するわけですよ。全然、弾けないまでも(笑)。

あと、スローだったからサンタナの「君に捧げるサンバ」は音がとりやすかったし(全然、下手でしたが)、ザ・ヴェンチャーズはフレーズが歌えるから、「パイプライン」とか「ダイヤモンドヘッド」とか、遅ればせながら音とって弾いたりとか(下手でしたが)。

ハイコードもポジションがよくわからなかったので(笑)、最初にハイコード覚えて(うまく抑えられなかったけど)、ついでに sus4 なんて覚えた時に、私は覚醒したんです(笑)。

(あれ?なんかこれ、ストーンズの「ブラウン・シュガー」っぽいね)なんて思って嬉しくなって。まだ何にもわからなかったですけど。

その後、当時まだ「ギターマガジン」なかったから、「ヤングギター」だったと思いますが、あの!有名な!キースの5弦オープンGの解説が出てて、(へ〜っ!キースって、こんな事やってるんだ〜)なんて感心して、、、。

でも、いまだに5弦オープンGって実はやったことがない。

6弦外すのもったいないし(笑)、チューニング戻すのも面倒くさいから(笑)。当時はチューニングメーターもまだ売ってなかったし。

だからレギュラーチューニングで sus4 だけでなんとなーく弾いてたら、なんか「気分はブラウン・シュガー」で(下手でしたけど)、なんかそれから「ブラウン・シュガー」好きになったんですよね〜。

(ほ〜っ!sus4 と6th を同時に弾くのか〜?!こりゃーレギュラーチューニングでは無理だよね)って、どんどんハマっていって(キースってすげーじゃん!)と見直したわけです。

(そっか、ギターソロも良いけど、曲をかっこよく聴かせるのってリズムギターだもんな〜)と、踊り場で好んでたファンキーなカッティング同様、リズムギターにこうして目覚めたわけです(笑)。

だから、リズムギターの初期衝動はキース! 

で、指弾きの3フィンガー上手い人、今も尊敬してますが、当時の大多数のアマチュアのフォークの子って、その辺上手い人いなくて、ストロークも下手な人が多かったから、完全にバカにしてました(笑)。

ロックバンドもハードロック主体で、コードワークはリフと1度と5度のそればっかりだったから、リズムギターの話ししても、フォークの子もハードロックの子も、ソウルやファンク知らないし(笑)。

ハードロックやってる子、ストーンズもキースもバカにしてたけど、ジェームス・ブラウンも知らないし、9thも知らないしね(笑)。

だから、本当に話合わなかったですし、そのまま皆年くってるから、音楽の世界以外の同世代と話するのは爺になった今も苦手(笑)。

多分、こっちも老い先短い耄碌爺だから、音楽絡み以外で同世代と時間割いて金使って関わる事は、もうないだろうな〜(笑)。