リーゼントだったザ・ビートルズの髪をおろさせたドイツ人女性、アストリッド・キルヒヘルと、映画「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグ

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ドイツ人女性カメラマンのアストリッド・キルヒヘルと、当時のメンバーだったスチュアート・サトクリフのラブストーリー&公式デビュー前のザ・ビートルズの物語、1994年の映画「バックビート」。

ロックンローラーだったザ・ビートルズは当時、皆リーゼント、、、

で、その髪をおろさせたのは、アストリッド・キルヒヘルときっちり!描かれております。

一番最初にリーゼントをやめたのが、彼女の恋人だったスチュアート・サトクリフで、まあ、二人で同じようなユニセックスな髪型になったわけです。

で!当時、スチュアートが真似たアストリッドの髪型&雰囲気と、1959年のフランス映画(日本公開は60年)「勝手にしやがれ」でパトリシア・フランキーニを演じたジーン・セバーグは、雰囲気が似てます。

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公式デビュー前のザ・ビートルズが、ドイツのハンブルグに「海外ツアー」に行き、そこでアストリッドと会うのが1960年8月。

正に、映画「勝手にしやがれ」が完成した翌年でした。

映画「勝手にしやがれ」は、フランスでヌーヴェルヴァーグ(新しい波)という言葉が流行っていた頃、欧米でもの凄い人気だったそう。

ですから、ドイツ人のアストリッドは、このフランス映画を観て、ジーン・セバーグユニセックスな髪型の真似をしたのではない?と想像できるわけです。

まあ、ジーン・セバーグアメリカ人、「勝手にしやがれ」はフランス映画、アストリッド・キルヒヘルはドイツ人、そしてザ・ビートルズはイギリス人。

国際的であります(笑)。

確かアンソロジーだったと記憶してますが、ポール・マッカートニーが「リヴァプールの田舎者」の自分達が、ドイツの繁華街ハンブルグで受けた、酒や女や他悪い事などの影響を述べてましたから、、、

多分、第二次世界大戦の敗戦国とはいえ、「洒落た盛り場」のドイツのハンブルグで出会ったアストリッドって、さぞや!「輝いて見えた」のではないでしょうかしらね?

なんたって!アストリットは、1938年生まれで当時22才。

1940年生まれのジョン・レノンとスチュアートの2才年上で、ポールより4つ年上、ジョージ・ハリスンより5つ年上です。

男なら自分の思春期時代を思い返すと、そんな経験の一度や二度あると思いますが、少し年上の「洒落た女性」って、もの凄く!大人にみえたりかっこ良く見えたりするもの。

で、、、

結局、アストリットは年下のスチュワートと恋仲になるので、、、

イギリスのそれもリヴァプールという田舎町の無名バンドのザ・ビートルズを、観に連れてってくれた恋人のクラウス・フォアマンを、ふっちまうわけです。

思えば、全くの無名の、それも異国の年下のバンドのザ・ビートルズをみて、こりゃカッコいい、凄いと思えたクラウス・フォアマンとアストリットのセンス、感覚って凄いわけで、、、

多分この二人が、「外国」で初めての!「ビートルマニア」だと思いますね。

ドイツ人の、アストリッド・キルヒヘルとクラウス・フォアマンが、世界初の!海外のビートルマニア!

で、出会って3ヶ月で、アストリットとスチュワートは婚約します。

スチュワートは元々それほどの腕ではないのを自分でもわかっていたので、音楽ではなく得意の絵の方の道に進む為、ザ・ビートルズを脱退(その後、死亡)。

スチュワートの代わりに、ギタリストだったポール・マッカートニーがベースにまわるわけで、結局この瞬間!、天才ベーシストでもあるポール・マッカートニーが、誕生してるわけです。

更に、恋人を寝取られた形のグラフィックデザイナー、イラストレーターのクラウス・フォアマンは、ベースをやめた、そのスチュワートからベースを買い、音楽の道にこれから入るわけで、、、

クラウス・フォアマンは、後にジョン・レノンのプラスチック・オノ・バンドのベーシストになったり、ジョンのアルバム「イマジン」等の、レコーディングに参加。

ジョージやリンゴのソロアルバムでもベースを披露、ミュージッシャンとしても活躍。そんなクラウス・フォアマンの音楽人生は、この時に始まってます。

また、ザ・ビートルズのアルバム「リボルバー」のジャケットを手がけたのがクラウス・フォアマンなのは、ファンの方には「釈迦に説法」なほど有名な!お話し。

なので、このザ・ビートルズとクラウス・フォアマンとアストリッド・キルヒヘルの、ドイツはハンブルグでの出会いって、正に!音楽の神様が導いた運命的な出会いだったと、K-UNITバンマスは思うわけであります。