1974年上映映画「キャロル」を、自称昔からのキャロルファンは、実はみてない(笑)


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1974年、映画「キャロル」を新宿文化で観た時、客席にリーゼントなんて殆どいなかったし、客層に不良っぽさは微塵も欠片も感じなかったです。

客層は普通の長髪の映画ファン、音楽ファン中心で、あとは異常に校則の厳しい時代だったので、普段は詰め襟で短髪の学生が「ラッパのGパンに普通のワイシャツ」の私服で来てるって感じ。

で、この数年後、矢沢永吉氏も相当頭を悩ませていたらしい、客席が田舎の暴走族の集会みたいになっていた矢沢氏のソロライブとは、キャロル現役時代のリアルタイムはファン層が、相当違ってました。

ただ、正直、つまらない映画でしたね〜。

1975年4月、日比谷野音でのキャロル解散ライブの映像「グッドバイ・キャロル」(TV放映は7月)と、ソロ活動1年目の矢沢永吉氏を追ったTV番組「怒りの青春」とは雲泥の差。

と、ボクは青二才だったリアルタイムに全て観て思いましたし、爺になった今もそれは変わりません。

秀作の!「グッドバイ・キャロル」と「怒りの青春」を撮った佐藤輝氏は、内田裕也氏のライブ「ロックンロールBAKA」の演出を手がけていたので、内田裕也氏繋がりでキャロル、矢沢永吉氏と接点ができたんだろうなーとボクは勝手に想像しております。

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だから!、、、

あの映像を撮った佐藤輝氏こそが!時代の分岐点の人と、ボクは思ってるわけです。

おそらく多分、矢沢永吉氏も佐藤輝氏の才能を高く評価していたので、佐藤輝氏に自身のソロ1年目をドキュメンタリーとして追わせたのでしょう。

そして、当時、商業的に大ブレイクしたばかりの若き荒井由実さんを登場させ、矢沢永吉氏と砂浜で対談させる、素敵なオマケシーンのついたTVドキュメンタリー「怒りの青春」を撮らせたのでしょう。

一方、それ以前に劇場公開された映画「キャロル」は、一言で言えば「如何にもATG」、、、

このへんわかる人はわかると思います。それがボクの評価。

映画「キャロル」を制作した瀧村仁氏と小野耕世氏のお二人は、キャロル最年長の矢沢永吉氏より更に10才以上年上の、大東亜戦争以前生まれの、当時既に30代だった方々。

方や、TV「グッドバイ・キャロル」「怒りの青春」を撮った佐藤輝氏は、矢沢永吉氏より1才年上で、当時未だ20代半ばでした。

この年齢差によるキャロルのとらえ方・感じ方、R&Rミュージックとは何ぞや?のジェネレーションギャップが、ボクはか〜なり作品に反映されてたと思いますねー。

映画「キャロル」は、やっぱりATGなんだよね〜





結局、矢沢永吉氏は、映画「キャロル」を制作した、自分より10才以上も年上の瀧村仁氏と小野耕世氏や、同じく10才以上年上の内田裕也氏とミッキーカーチス氏を、キャロル解散後に見切ってます。

キャロルも自分も高く評価してくれ、ある種お世話にもなった人達、その世界の先輩方を、矢沢永吉氏が見切った理由は、ボクはやっぱりジェネレーションギャップだったと思いますね。

まあ、ミッキー・カーチス氏に関しては契約の金銭的な関係で、自著「成りあがり」で矢沢氏はボロカスにこきおろしてましたけど、、、。

内田裕也氏に関しては、まるで存在してなかったかのごとく、関わった事がなかったかのように、矢沢永吉氏が内田裕也氏の名前を公式に出したのを、ボクは聞いた事がないほど、完全無視をきめこんでます。

そして、同じように多弁の矢沢永吉氏の口から、映画「キャロル」や瀧村仁氏と小野耕世氏の名前、公式なインタビューででてきた事がないです。

だから、(自分やキャロルを評価してくれるのは嬉しいし有り難いけど、なんか違うんだよねー、この人達)と、矢沢永吉氏は思ってたんじゃないかなー?、なんてボクは思ってます。

このへん全て、ボクの憶測で恐縮です。

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キャロルファンだった業界人たちと、ソロになって距離をおいた矢沢永吉氏、、、

年くっちまえばあまり関係ないのですが、10代の頃の自分と20代の「オトナ」、20代前半や半ばの頃の自分と30才以上の「オトナ」では、相当感覚が違うのは、誰もが経験があると思います。

で、、、

リアルタイムにキャロルのファンだった層、キャロルに興味と感心を抱いていた人達って、映画「キャロル」を撮った瀧村仁氏と小野耕世氏、ミッキーカーチス氏、内田裕也氏、亡くなられた赤塚不二夫氏しかり、、、

キャロル最年長の矢沢永吉氏より、10才以上も年上の方が多く、また、普通に長髪のニューロックファン、和製ふぉーくファンの人が多かったんですねー。

実際キャロルと同年輩や少し年下の不良達って、キャロルファン少なかったです。いや、これは東京都心部だけなのかも知れませんが、逆にキャロルは不良達にバカにされてましたね。

キャロル現役時代って、当時のアメリカで流行っていたニューソウルやニューファンクが、いけてる不良達のトレンドでしたから、R&Rなんて蚊帳の外。

内海利勝氏が、キャロルデビュー当時、新宿歌舞伎町にあった、当時の不良の溜まり場だった「サンダーバード」に出演した時、「おまえら今時R&Rなんてやってんの?バカじゃねえの?」と言われたと、回想してますし、、、。

だからボクは同じ理由で、矢沢永吉氏と年が近く、他の3人のメンバーより年上だったクールスのメンバーが、キャロルのファンだったとも思ってません(笑)。

だから、キャロルのレコードを、クールスのメンバーがリアルタイムもっていたとも思ってないです。

矢沢永吉氏より年下のキャロルの他のメンバーより、クールスは皆年上

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歌謡芸能やファッション業界とつきあいのあった、クールスの東京都心部の不良ではなかった上京組の舘ひろし氏が、キャロル解散ライブの警護を関係各位から依頼され、クールスはそれを引き受けてます。

ですから、クールスは世に伝わるような元々キャロルの親衛隊でも何でもなかった、、、。

わりと近年、東京出身のクールスの佐藤秀光氏も、クールス=キャロルの親衛隊説は完全否定してます。

同じく東京出身の岩城滉一氏も、そんなようなニュアンスの発言を過去にしていた記憶があります。

そして、クールス以前から新宿界隈(サンダーバードにも出入りしてた)では、ちょっとは知られたソウルフリーク、不良だったジェームス藤木氏が、キャロルのファンだったとも思えない。

ジェームス藤木氏が持ってたレコードは、ジェームス・ブラウンの筈ですから。

というわけで、キャロルはその存在が、、、

(異常に、後世の人達によって誇張されてるなー)

と、リアルタイムを知るボクは思うほど、ネットでもリアルでも、「キャロル伝説」は苦笑いしてしまうほど「そうじゃなかったと思うけどなー」と、ボクは同意できるソレは殆どないです(これ当時の暴走族話しもしかり。笑)。

何故ならそんなにキャロルって、リアルタイムは一般には人気なかったから。当時、ゴールデンタイムの歌謡ショーにキャロルが出演してなかったのは、単に呼ばれるほどの大ヒット曲がなかっただけです。

テレビ出演を拒否していたわけではなく、夕方枠の「ぎんざNOW」や「リブヤング」には、普通にキャロルは出ており、TVドラマ「夜明けの刑事」にも、呼ばれればキャロルは出てましたから。

また、例えば「明星」や「平凡」の表紙だって、キャロルは大ヒット曲があって呼ばれてたら、断らずに山口百恵さんや桜田淳子さんと一緒に笑顔で写ってたであろうほど、キャロルが当時マスコミと敵対してる、戦ってるなんてイメージは、全くなかったです。

むしろ売れに売れてた吉田拓郎氏の方が、呼ばれてるのにTVにでない宣言してたり、マスメディアをおちょくったりしていて、キャロルも矢沢永吉氏も、そんな言動はとってなかった。



だから、、、

元不良で自称昔からのキャロルファンてヤツで、映画「キャロル」をリアルタイムに観たヤツに、ボクは今の今迄会った事はないです(笑)。

当時の本当にキャロルファンなら、絶対!観てる筈なのに観てない。

唯一!映画「キャロル」をリアルタイム当時観たボクの知り合いは、K-UNITの初代ドラマーで長髪、W大卒のインテリの柳瀬クンだけ(笑)。

不良は皆無、、、。

更にキャロルのドキュメンタリーを撮って、NHKのゴールデンタイムで放映したかったけど反対され、上層部と揉め話題になったのは、キャロルが人気があったからではなく、、、

瀧村仁氏が、天下のNHKの社員だったから、マスメディアが一時面白がってとりあげただけ。

で、NHKを解雇になってでも撮って上映した映画「キャロル」は、興行的に成功とは言えず、映画としてもさしたる評価もされず、また、キャロルファンだったボクが観ても面白くないと感じた映画でした。

これが、リアルタイムのボクの記憶です。

そういった意味で、おそらくクールスのメンバーも、誰も!クールス結成前に上映された映画「キャロル」、観てないと思いますね。

クールス のメンバー。キャロルファンじゃなかったと思うから、、、。

 

矢沢永吉氏は、キャロル解散後、かーなりキャロル時代の権利関係や、キャロルや自分に対するマスメディアの扱いに、怒りを露にするようになりました。

なので、TV「ぎんざNOW!」の特番「グッドバイ・キャロル」をみて、解散してからキャロルのファンになった当時の不良っぽい若者達は(自称、昔からのキャロルファンはほぼこの層)、そんな矢沢永吉氏をみて、、、

なんだか巨大マスメディアや巨大レコード会社と戦う男のイメージを感じ、リアルタイムのキャロルもそうだったに違いないと、想像で、ある種「キャロルの都市伝説」が生まれ膨らんでいき、今に至ってるとボクは思っております。

ジョニー大倉氏の著書にも書いてありますが、キャロルはソロで公会堂クラスを満員にできるほど、人気はなかったです(解散だから日比谷野音でやったけど、あの時も前座バンドは何組もでていた)。

キャロルは、現役時代は長髪のニューロック側の異端バンドだった!

キャロルは、内田裕也氏主催のロックフェスティバル(他は皆長髪のニューロックバンド)や、当時人気だった和製ふぉーくのイベントによく登場していた関係で、リアルタイムは不良少年より、普通にニューロックファンや和製ふぉーくファンの方が、ファンが多かったです。

解散ライブのゲスト紹介で、武田鉄矢氏やなぎら健壱氏が紹介されてるのは、その関係です。

同じくゲスト紹介で、内田裕也氏を「ロックンロールの親分」と矢沢永吉氏は紹介。

キャロルと共に「ジョニー・B・グッド」を内田裕也氏が歌ってますし、ザ・ゴールデンカップスのデイヴ平尾氏も重鎮として紹介されてます。

そして1974年の日本の若きロックバンドが結集、郡山で行われた内田裕也氏絡みの「ワンステップフェスティバル」にもキャロルは登場しており、リアルタイムのキャロルは、ニューロックバンドの中に組み込まれていたわけです。

ちなみに当時の、今のインディーズより!更に!認知度は低かったニューロックバンドの中では、キャロルの知名度と人気は抜群でしたけど。



だから!、、、

 「ワンステップフェスティバル」にも登場してたサディスティック・ミカ・バンドの、ミカさんと加藤和彦氏を抜かしたサディスティックスを、キャロル解散後のソロ初日比谷野音でのライブでは、矢沢永吉氏はサポートに起用してます。

当時のキャロルは、そういうわけでニューロック系であり、そっち系のバンドと接点が多々あったので、実はキャロル現役時代は、こっち側の長髪のミュージシャンやファンの方が想い出ネタは豊富。

TV「ぎんざNOW!」の特番「グッドバイ・キャロル」からのファンだと、当時のベストアルバム「キャロル/ゴールデンヒッツ」とクールスしかネタがないですから(笑)。

特に後にムーンギターズを創設した、ギタリストでありリペアマンの表克彦氏のFacebookで述べている、デビュー当時からのキャロル、矢沢永吉氏の想い出話は深くて素晴らしいです。

なんたって表克彦氏こそが!、内田裕也氏に頼まれキャロルのアンプや楽器のリペアをやってた方ですから♪

というわけで、キャロルは他のニューロックバンドがそうであったように、内田裕也氏にかなり世話になってました。

でも、矢沢永吉氏はミッキー・カーチス氏しかり、映画「キャロル」を撮った瀧村仁氏と小野耕世氏しかりで、内田裕也氏ともソロになってから、まったくと言っていいほど仕事関係では疎遠になってます。

ミッキー・カーチス氏のように名指し批判する事もなければ、肯定もするわけでもなく、想い出を語るわけでもなく、まるで内田裕也氏との関係が何もなかったかのごとく、内田裕也氏は存在しないかのごとく、、、

矢沢永吉氏は、公式には何も!内田裕也氏の事は語りません。

映画「キャロル」の事も、作った瀧村仁氏と小野耕世氏の事も同じです、、、。 

このへんの、自分よりも10才以上も年上で、リアルタイムキャロルに携わった人達、キャロルに興味を持ち好意をもっていた人達に対する矢沢永吉氏の思い、「そういう商売」をしてる方々、、、

是非!インタビューで、引き出していただきたいと思うのですが〜、無理なのかなー、、、。